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2008年10月

音声検索の方法

サブプライム・ローン破綻にはじまる金融危機が大きく報道されて以来、いやなニュースばかり流れるようになりましたが、本日のテレビ愛知(テレビ東京系列)のワールド・ビジネス・サテライトは、ちょっと面白いITトレンドを紹介していました。

それは、録音された膨大なデータに対し、文字入力されたキーワードを使って高速検索する、というものです。
日立製作所が開発中の技術で、番組では、数百時間録音されたデータに対し、番組レポータがキーワード検索したところ瞬時にその言葉が録音された箇所を一覧表で表示し、実際にそれぞれの箇所をクリックすると、その言葉を含む録音箇所が再生されました。

グーグルを含むこれまでの検索は、キーワードを入力すると、キーワードが書き込まれたウェブページを実際に、文字照合しながら探して一覧表示していました。検索エンジンはそれを高速化するために、あらかじめ世界中のウェブページの情報をサーバに取り込む処理を行っています。

これに対し音声検索では、次のような手順となります。

1)音声データを録音すると、この音声を、まず音素、つまり「じょうほう」という声なら Jou hou といった音の単位に分解し、それぞれの音別に、音素および音素の開始位置をインデクスとしてサーバ登録する。
2)検索キーワードが与えられると、このキーワードの読み方をサーバ側の辞書を使って調べて音素を割り出し、この音素を含む録音データをサーバ登録されたインデクス内から見つけ出し、一覧表として表示する。
3)利用者が一覧の中から選択すると、録音データ内の指定開始位置から音声データを再生する。

なるほど、これなら高速化できます。ただしまだ音素の解析能力に課題があり、録音の声が弱かったり、周囲に雑音があると、このシステムは「聞き間違い」をすることもあるようです。番組レポーターが、「半導体」と入力すると、「あんどうただお」--これは著名な建築家「安藤忠雄」氏の読み方--と録音されたデータが読み出されてしまいました。

日立製作所は、2~3年後をめどに、このシステムを実用化する計画だとのことです。
期待したいですね。

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米国の年金状況

金融破たんの震源地である米国では、いま、年金生活者の基盤が崩壊する危機にみまわれていることを、本日のNHK BSニュースは伝えていました。

年金生活者が長年積み立てたお金を預かる年金基金は、その価値を増やすために、さまざまな金融機関に基金の運用(つまり利殖)をまかせてきました。ところがこのたびの破綻で、運用を任せた基金の価値が半額になってしまいました。これは運用利息が小さくなるどころではすまず、運用の元本まで大きく失ったことを意味します。運用の元本は、年金生活者の積み立たお金が大部分を占めます。その結果、年金生活者は、積み立て金より少ないお金しか戻らないことになります。ざっといえばこういうことになります。かつてはかなり信頼性が高かった金融商品であるMMFまで元本割れしている米国経済ですから、もはや安全な運用先はないといってよく、年金財団もその打撃をまぬがれなかったということなのでしょう。

その結果、今、米国の年金生活者は、受け取れる年金額が激減し、もはや年金で生活することが出来なくなり、何年ぶりかで職探しをはじめる高齢者が全国的に増えているとのことです。

年金運用の破綻をめぐる問題は、欧州でも深刻化しているようです。わが国ではどうなのでしょうか? 社会保険庁の数々の不正はもちろん問題ですが、そのこととは別に、わが年金基金の基盤は大丈夫なのかどうか、いまちど確認しなければならないと思います。

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2008名経大祭始まる

2008名経済大祭始まる
本日は店舗準備と前夜祭。写真はテント張りの様子です。今年もお面を売る編集子のゼミは、昨年好調だったのを受けて、販売目標を少し高めに設定しました。ただ昨年当たった「おしりかじりむし」のような目玉商品がないといえばないのが気になる。じつは全国ヒットした「ドアラ」を仕入れたかったのですが、キャラクターの商標がガッチリ押えられているのか、一般の仕入れルートでは入手できませんでした。学生も残念がっていましたが、これも社会勉強です。

今年は3年生と4年生の合同での店開きです。さあ元気で商売するぞ!

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バナナ・ダイエットのブームでバナナが品薄とは!

うわさの「バナナ・ダイエットによるバナナの品薄」を、昨日は実感しました。

先日、同僚が、大学祭の模擬店でバナナを使うつもりだったのが、バナナ・ダイエットのおかげで、どこの小売店もバナナが品薄になり、仕入れの手配に苦労している、と悩みを打ち明けました。
「今、どこの店に行っても、バナナが売り切れ状態ですよ。」 同僚はそう言いました。

昨日は、我がゼミの出し物の仕入れに、社会見学を兼ねて、名古屋の新道町にある問屋街に学生と出かけました。そこで見かけたのが写真のボードです。081010_150604

そこには、こう書いてあります。

「バナナ本日分 売り切れました  只今日本中でバナナのパニックです。テレビでダイエット効果を...」

なるほど。本当にそうなのですね。

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虹の色はいくつに見えるか?

幼稚園のころだったか、虹は7色ある、と習い、七本の曲線の塗り絵をやらされた覚えがあります。
この絵を描いてから、ぜひとも本物を見たい、と思い、雨があがるたびに 「どこかに虹が出ていないか?」 と空を眺め回しました。しかしなかなか虹は出てこない。ようやく出てきた虹は、二本指の間ほどもない短いもので、色を数える間もなく消えてしまいました。
そのようなわけで、編集子は長いこと虹を求めた時期がありました。

ようやくある日、立派な虹を見ました。今度はしっかりと虹の色を数えることができましたが、どういうわけか 「6色しかない。」 その後何度虹を見ても、やっぱり6色。虹には、7色ある本格的な虹と、そうでない虹があるのだろうか。どこに行けば本格的な虹が見られるだろうか。そんなことまで考えました。こんな少年時代でした。

さて、大学生になり、比較文化論の授業を受けたところ、「世界の民族によって、虹の数が違う」、という話が出てきました。日本人の7色が世界で一番多く、欧米では6色。一番数が少ないのは4色で、名前は忘れましたが、どこかの少数民族でした。そのときの説明によれば、この違いは、遺伝学的な理由でなく、文化人類学的な理由によるものであり、虹をどのように見ようとするかという文化的な構えによって虹の見え方は違ってくるのだ、ということでした。

これは驚きでした。認識的な構えが見え方まで規定する、というのですから。この説によって、それまでの自分の見え方が説明できそうに思えました。自分は、自分の頭の中の色パレットを使って、目に映る虹を数えようとしたのです。そうするとどうしても6色にしか見えなかったのです。もし自分以外の人が7色に見えるとすれば、その人の頭の中の色パレットの配色は、きっと自分の色パレットの配色と違うのです。

今も自分の目には、虹は6色に見えます。しかしこれをおかしいとは思いません。虹は7色でなければならないというルールはありません。自分の体験の感触や手ごたえを大切にする。それでよいと思います。

みなさん、虹は本当に7色に見えますか?

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